スピーカーから古いポップスが流れてきて、ソーセージの焼ける匂いが辺りに漂う。シャンパンやワインですっかり赤くなった人々の向こうから、時折弾けるような笑い声が起こる。馬の鞍、燭台、何の為に使うか判らない錆びた、たぶん農耕器具。そういえば民族博物館で似たようなものを見た気がする。
フランス、ブルゴーニュ地方。ジュラ山脈にも近い小さな村。春先から、わたしはひと月ほどここに滞在している。
復活祭の月曜日(ランディ・パック)。ようやくありついたホットドックを頬張りながら、雑然と賑 わうガレッジセールを眺めてみる。
……金属の杯、アンティーク・ランプ、ブリキのオモチャ、食器、古着、どう見てもガラクタ……
女の子が「パパ!」と泣きながら通りの向こうへ駆けてゆく。教会前広場のテントでは、少年たちがゴーカートを盛大にぶつけ合い、立ち話のご婦人方の足元では黒い犬がじゃれ合う。通りに面した軒下の窓からは、老婦人がそんな様子を静かに見ている。
髪を括った、観葉植物を売っている若い女は退屈そうに、額装したシルクスクリーンを売る男は満面の笑み。通りを埋め尽くす人々の上で、ガランガランと教会の鐘が鳴り始めた。
さて、村の広場でこんなお祭りが行われているとは知らなかった。
わたしは冷えた白ワインをもう一杯——これでようやくひと息ついた。
話を戻そう。つまり始まりはこうだった。
◇ ◆ ◇ ◆
土曜日には雨が降った。
復活祭を前にしたフランスはすっかりヴァカンス・ムードで、滞在している施設内には悪天候にもかかわらず、観光客が後を絶たない。
月末の完成を依頼されて制作している作品の現場は外。雨の日には作業ができない。わたしは屋根裏部屋にこもって窓からカラフルな観光客の傘を眺めながら——雨の日に許された幸せのひとつ——室内作業に没頭する。
午前一〇時。オフィスから3Dプリンター借りてきた。フランス語のマニュアルを読みながら、英語版でプログラムをインストール。3Dプロジェクターというのは面白そう。だいたいコンピュータでデータを作って、「実行」と押せば、「チン!」とばかりに電子レンジのような箱の中に立体物が現れる、というのだからすごいじゃないか。ウェブのカスタマー・リポートを参照にしながら制作中の作品を3Dの図面に描き起こし……といった……これが……思ったよりもややこしい作業で……つまり、わたしはすっかりうんざりとしていた。
一八時三〇分。ようやく最初の3Dプリントの「実行」を終える。ぷはぁ!ひと段落。それでふと気がついた。週末用の食材がない!
日本ではコンビニエンス・ストアーが24時間営業しているから、大抵のものは何時だろうとここで揃う。便利なことは良いことだから、例えば大都市なんかへ行けば、日曜日の明け方五時くらいに突然DVDプレイヤーなんかが欲しくなっても、どうにかすれば買えるんじゃないだろうか。ただ、それなりのお金が必要というだけで。パリではいくらお金を持っていても、日曜日にはパンを買うことさえ難しい。パリでもそうなのだから、田舎へ行けばなおさらのことで…… 不便じゃないか!とは思うけれど、これは哲学の問題かもしれない。
フランス人は
「L’argent est un bon serviteur et un mauvais maître」
(お金は最高の召使いで、最低の主人だ)
なんてことを云う。
ともあれ、村に一件しかないスーパーマーケットは一八時三〇分、ただいまをもって閉店した。気がつけば、あたりからはすっかり観光客の姿も消えていて、広い敷地には、ただパラパラと小雨ばかりが降り注ぐ。
「復活祭の月曜日はお休み」とアナウンスしているスーパーは、代わりに前日の日曜日、午前中だけ営業するという。
◇ ◆ ◇ ◆
復活祭の日曜日。結局早朝に目を覚ました。時計を見ればまだ六時で、なんだ、スーパーの開店までには、まだあと二時間もあるじゃないか。わたしは再び3Dプリンター用のデータ調整にとりかかる。
しかし、この作業はやり始めたらキリがなく、ちょっと集中していたら……どうも……なかなか面倒で……外は昨日とは一転して……油断していたら……青空にトロンとまどろみ……
……で、気がつけば一三時。スーパーは一二時半で閉店し、明日はマンデー・イースター。オーモンドュー!これが週末サヴァイヴァルの始まり。
死にはしない程度に食材はある。残念なのは……珈琲がない。紅茶もない。戸棚には(以前のアーティストが置いていったのであろう)ハーブティーを見つけたが、さてティーパックで二袋だから、今日と明日で一袋づつ……
オレンジジュースは心もとない、ミルクは新品がひとパック……一番の厄介は、酒類がまるでないということ。ふむ。金曜日も飲まなかった訳だから、今週は三日続けての休肝日。3Dプリンターで「実行」すれば、なんかこう「チン!」とばかりに空気中のプランクトンから合成された、ビオワインなんかがプリントアウトされて出てきたりしないもんかね。
戸棚の奥からは、ふた握り分くらいのパスタがでてきた。ブイヨンはあるし、フレッシュクリームもひとパックある。ニンニクも残っていたから、ベーコンなどの肉類はないが、カルボナーラは作れるだろう。トマトがひとつ、パプリカが半分。卵がひとつとマッシュルームひと缶。そう考えると、なんともサヴァイヴァルとは呼べない気もするが、同じ料理であと二日。スーパーに行きそびれた前日と、単純にカルボナーラが食べたかった前々日とを合わせると、木曜日から五日間、朝から晩までカルボナーラしか食べないことになる。
……いや、カルボナーラは好きなんですが……
青空に小鳥が鳴く、のどかな四月初頭のフランス。これがカルボナーラ・サヴァイヴァル。
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Illustration by Kaori Mitsushima |
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【Log de Voyage】 次回は九月一日の更新です。お楽しみに!
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