Log de Voyageバゲットが焦げた時の対処法

 

 

カシャン!とクラシックな音を立てて、バゲットがトースターからね上がった。まだ酔っ払っているような日曜日の朝。さぁて朝食の時間です……って、なんだか様子がおかしい。んん?……って、は!バゲット焦げてる!なぜ?普段通りにセットしたハズなのに。何かの拍子に焼き時間の設定が変わってしまったのだろうか。それとも、いつもとは違うブランジェリーでバゲットを買ってきたのが原因?真っ黒なパンの表面からは、今ゆっくりと煙りが立ち上がる。

やれやれ…… ナイフの刃を立てて焦げた表面を削り取る。荒っぽい音がして、黒い粉末が流し台に散る。ふぅむ、昨日はどうも飲みすぎたね。小春日和のパリの朝、さわやかな空気にさわやかじゃない気分が入り混じって、それにしたってこんな朝っぱらから、焦げたパンの表面を削っているなんて……ガリガリと硬質な音が、黒い表層を削ぎ落としてゆく。

——バゲットが焦げたときの対処法——

ふと、そんな言葉が頭に浮かんだ。やっぱりまだ酔っ払っているのかもしれない。バゲットが焦げたときの対処法?そんな話は聞いたこともない。ネットを検索したって出てこないだろう……と考えてすぐにそんな訳はない、と思い直した。大抵のことはすでに誰かが考えている。美味しいバゲットの焼き方だって、切り方だって、作り方だって食べ方だって……それにしたって。「バゲットが焦げた時の対処法」という言葉は、すっかり私の頭の中に焦げ付いてしまった。

◇ ◆ ◇ ◆

『バゲットが焦げた時にはまず落ち着いて、窓を大きく開けましょう。それから大きく深呼吸をして、大した問題じゃない、ということを自分に言い聞かせましょう。次にナイフを利き手に構え、焦げたバゲットを反対の手に持ちます。焦げた部分を削るのは流し台の上が好いでしょう。この時、近くにあるからといって、洗ったばかりの濡れたナイフを使用してはいけません。よいですか?乾いたナイフを使用して下さい。濡れたナイフには黒い粉が盛大に付着するだけではなく、バゲットの表面も湿気で削りにくくなってしまいます。さて、それではいよいよ焦げた部分を削ってゆきましょう。表面に対して45度の角度で刃を立てて、撫で擦るように、あるいは細かく叩くようにして、焦げた部分を削り取ります……』

ぼんやりと平和な頭の中に、コニャックを転がすような声が流れる。
確かに面倒な作業だがね……しかしまぁ、楽しいと思えば大抵のことは楽しい——根拠なんてなくていい、いつでも「今」が一番楽しいんです——ガリガリと焦げたパンの表面を削りながら、なんだか私はこんな些細な大事件に、人生のごまかし的妙技を見つけたような、そんな誇らしげな気分にさえなってきた。

『社会がどんどん潔癖けっぺきになって、人々が過剰に過敏に道徳的になってゆくのは、トースターでパンが上手く焼け過ぎるからです。失敗に対する寛容かんよう柔軟じゅうなん ——焦げたパンの表面をサッと削って知らんぷりできるのは、たぶん素敵な大人の人です』

頭の中にはそんな肯定的な声が聴こえている。

 

Illustration for Log de Voyage

Illustration by Kaori Mitsushima

 

時にはちょっと上手くいかないくらいの方がいいんじゃない。それはそれで楽しいし……そういえば以前「死なないケガはすべてかすり傷です」なんてことをいってた人がいたけれど、あれはなかなか自己啓発的な思考だったね、なんてことを考えながら、まだ焦げカスの残るパンにバターを塗っていたら、あはぁ!ありました。思い描いていたロマンチックな出会いとは程遠かったけれど、パンの表面には、気弱な虎の模様のような、うっすらとした「黒いバター」が現れたのであります。

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