Log de Voyageアメリカの印象

 

 

「そう、で?アメリカの印象はどう?」

教会前に広がる、ガレッジセールのにぎわいを眺めながら、芝生に腰をおろし麦酒のボトルをかたむけていると、ボストン在住のアーティスト、サラが隣にやってきて、ボトルをコツンとぶつけながらそういった。
さわやかな青空のコネティカット。森のレジデンスに参加している私たちアーティストは、よく晴れたこの日曜日に、小説家のマークの車に乗って近くの町まで繰り出していた。

「ええっと……」

気の効いた答えでも探そうと、ガレッジセールに目を走らせる。付近の住人が持ち寄った、カラフルなプラスチックケースには…… ローラーブレード、スキーセット、ミキサーや八〇年代風のトースター、みどりのバケツ、赤いベースボールキャップ、巨大なパンダ、オモチャのショベルカー、パトカー、消防車、ゴムのワニ、ゴムのアヒル、なんだか判らないバネのオモチャ、出っ歯のウサギ、ダーツ、ビリヤード、顔の長い笑ったピエロ、スコップのささったポップコーン、巨大な木彫りのスプーン&フォーク、歪んだ表情を並べたマグカップ、チアリーダーの金髪バービー、水玉模様の食器セット、山積みのVHSテープ、「ブレードランナー」「スタートレック」「トイストーリーズ」、シリコン性のクッキーの型板、ハート、魚、ホシ、ホタテ、ブルドックの顔をした目覚まし時計、サリンジャー、愛らしい子鹿の陶器の置き物の向こうでは、シンディ・ローパーのレコードが微笑んでいる。

ハンバーガー用の肉を焼くBBQセットから――脂が燃料にしたたり落ちたのか――ひときわ大きな煙りが上がり、香ばしい匂いが漂ってきた。すべてがうそ臭いほどアメリカらしくとてもアメリカ。家も看板も車も信号もみんなピカピカで、白い教会だって、ほんの今しがた組み立てられたばかりの印象。それはまるで、あわてて準備された「出来損ないのヨーロッパ」のようであり、あるいは「今日もっとも丁度よくできた世界」であるようにも思えた。

「……本当にあったんだなぁ、って感じだよ」

視線を戻すとそう答えた。気の効いた答えにはならなかったし、この感覚が伝わるともあまり思えなかったから、私は続けた。

「子供の頃からアメリカの文化を見る機会が多かったからね、なんか、ああ、アレって本当にあったんだ、って気分になってるんだ」

サラが何かを言いかけたその瞬間、低いエンジン音をたてて、黒いレザーのベストを着たハルク・ホーガン似の金髪口髭の中年が、ホットパンツの女の子を乗せたファイアーパターンのハーレーダビッドソンで、教会の前を走り去って行った。キラキラと眩しく鋭くメタリック。ヴィヴィッドで激しく鮮やかで、こんな色合いはヨーロッパとは違う。

「…っぽい」と感じられる印象が、どのように形成されるのかはよく判らないけれど、いずれイメージの刷り込みのようなものはあるのかもしれない。「そう」刷り込まれているから「こう」いう風に見えるのか、それともやはり「こう」であるから、「そう」いうイメージが伝わるのか。印象が先か、情報が先か……しかし結局は見るものすべてが新鮮な「ハネムーン・ピリオド」、たかだか滞在二週間目ほどの私には、その判断はつけようもなかった。そもそも「アメリカの何を知ったるか」という問題をすっ飛ばして、周囲のどこを見渡しても「アメリカっぽい」なんて、素朴に感心しているのだからいい加減な話だ。

「アメリカを経由するとすべてポップになっちゃう、っていう人もいるけど、私はそうは思わないわ。イージーになるの、たぶんね」

サラはそういった。はっきりした意味は判らなかったが、例え表面だけであっても、その言葉は「それでいいの」と言っているような、とてもさわやかなものに聴こえた。そして、それはやっぱりアメリカっぽく思えた。

 

Illustration for Log de Voyage

Illustration by Kaori Mitsushima

 

◇ ◆ ◇ ◆

レジデンス・スタジオの敷地内、四五〇エーカーの森の中には、以前のアーティストが制作して残していった、作品群が点在している。

それは湖に浮かんでいたり、木にぶら下がっていたり、消極的で半ば自然に戻りつつある「行為の痕跡こんせき」のようなものから、現在でも強烈にその主張を続ける、いかにも作品然としたものまで様々である。

その中のひとつに、誰の作品かは知らないけれど、松林の中に設置されたガラスボールのインスタレーションがあった。高さ三メートルくらいの場所から地上まで、ざっと見渡して十個ほど、直径三〇センチ程度のガラスの球体が吊り下げられるように設置されている。
ボールの内部には水が蓄えられており、あたかも水の粒が林の中に浮遊ふゆうしているようなおもむき。木漏れ陽の中に見え隠れしながら太陽光を屈折させて、湾曲した非日常的な影を地面に揺らめかせているその像は、なかなかシュールな空間を演出しているのだけれど……

設置されたのはそれほど昔のことではないのだろう。地面に積った松の枯葉に、ガラスボールで集積された太陽光が点火して、ここから小さな火事が起きた。炎はやがて松林一面の枯野を焼いて、煙が高く上り始めた。

炎を最初に発見したのは、アメリカに移住して三〇年、レジデンスのリピーターでもある、ベルギー人のルイーズだった。

森での作業中は携帯電話を持たない主義である彼女は、まずは最寄りの、湖畔のマークのスタジオまで走る。しかし同じ頃マークは、夕方のジョギングを終えて、数マイル離れたレジデンスの母屋でシャワーを浴びている最中。こんな日に限ってルイーズは自転車を置いてきた。

近くのスタジオには誰もいない、ということを確認したルイーズは、湖沿いの小路を母屋へと走る。小鳥の鳴く平和な午後、しかし彼女の中でもはや炎はメラメラと、隣接する州公園さえも焼き始めている。

ディナーはカリフォルニアのシェフ、ボブのお得意のラザニアとなることが予定されていた。材料の調達に町まで出かけたシェフはまだ戻らない。母屋のキッチンでは付け合わせのサラダを準備する為に、管理人のアリソンさんがルッコラとトマトを洗い始めたところ。

シャワーを終えてスタジオへと向かい始めたマークは、ルイーズと小路で出会い騒ぎを知る。マークの携帯電話で二人は消防署へと電話をかけ、ルイーズは現場へ戻り消防車を待つことに。マークは現場を見るよりも先に、母屋へと火事のことを伝えに戻る。

せっかくのシャワーの後にもかかわらず、またすっかりと汗ばんでしまったマークとは対照的に、キッチンでトマトを刻んでいたアリソンさんは落ち着いている。

「火事?あら、どうしましょ?」

トマトを刻む手は休まない。

マークは消防車を呼んだことを伝える。

「消防車?……あら、書類にサインとか必要かしら?」

……「アメリカっぽい」と感じるのは偏見でしょうか。電話連絡を受けた土地の所有者、S氏にいたっては、「火事?ほんと?見れるかな?写真送ってよ」だそうです。

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