Log de Voyageすべての粗雑な懸命さに愛を

 

 

フランス人の友人から、冗談まじりのSNSが飛んで来た。添付てんぷの写真に写っているのはペットボトルのラベル。
曰く……

「韓柚子果汁飲品」

中国語の漢字が記されたその下には、英語と仏語が並んでおり、フランス語は

「Boisson au Jus de Coréen au Citron」

となっている。

韓国柚子を絞った飲み物である、ということは漢字で理解するとして、友人が写真を送って来た理由、つまりこの恐ろしい仏語が示唆しさするところを書いておきますと

「レモン漬けの韓国人を絞った飲み物」

一滴、また一滴、じりじりと絞り上げられてゆくレモン風味の韓国人…… 言葉は恐怖のイマジネーションを喚起かんきするのであります。

◇ ◆ ◇ ◆

自宅の掃除をしていたら、フランス語を学び始めた当初のノートブックが出てきました。

懐かしい、なんていうのはさておいて、こいつは実際とんでもないね。つづりの間違いなんていうのはまだかわいい方で、せいぜい頑張って作文しているにも関わらず、トリスタン・ツァラ並みのダダイスティックなポエムが記されてある。

『馬跳びは、古い池で水の音を重ねてあります』

うぅん…… アジアの旅先で「トソカシ」や「マッサーヅ」、音を伸ばす方向を間違えた「ラ|メン」や、「とつぱり味のタラのヌープ」なんて、謎の表記を見つけて喜んでいる場合ではないね。

 

Illustration for Log de Voyage

Illustration by Kaori Mitsushima

 

◇ ◆ ◇ ◆

さて、私は今でもあまりフランス語が得意ではないけれど、何が苦手って、やっぱり単語の性別であります。

ラテン語圏の言語において、「名詞」はすべて「男性」と「女性」とに分類される。フランス語で「テーブル」は女性、「椅子」も女性、「車」も女性で、「帽子」や「ペン」や「本」は男性。

そうして作られた言葉は「性別」によって……

一、定冠詞が変わる

二、名詞の語尾が変わる

三、複数形の語尾もやっぱり変わる

四、形容詞のつづりが変わる

五、前置詞が変化する

六、動詞の語尾も変化して……

七、あれ?他にも何かあったよなぁ……という気分にさせる

……なんとも厄介やっかいなお話です。

そうしてこの男性名詞と女性名詞を、一瞬で見分ける何か有効な手段があるかといえば——Non, il n'y en a pas!——そんなに都合のよいものはない。結局すべてを「そのまま」覚えるしかなく、頭の構造と世界の認識方法を、一から再構築するしかない、そんな気分にさせるのであります。

◇ ◆ ◇ ◆

そもそも非母国語圏に生活する外国人には、現地での文化的情報が圧倒的に足りない。ネイティヴであれば成長の過程で当然身に付くであろう、常識的な語彙ごいが奇妙な形で欠け落ちている。

私の喋る英語や仏語も、そのお互いの欠陥けっかんを埋めるように、あちらこちらが無理矢理に補強ほきょうされている。ある言語によって「存在は知っている」単語でも、別の言語で「それ」をなんと呼ぶのかが判らない。仕事に関連していれば、ちょっと難しい専門用語でも知っているかもしれないけれど、逆にシンプルな動物や野菜、単純な道具の名前なんかを知らないということに突然気づく。そんなことが日常生活で往々にして起こる。「指差し」できるモノの名前であればまだしも、「こころもち」や「感触」のような、不定形なものを表現しようとする場合には、さらに厄介やっかいなことになる。

そうしてある言語で「知らない言葉」を表現しようとする場合、連想ゲーム的に、それまでに身につけてきた知識でどうにかやりくりしようとする訳だから、ここにはときどき、ネイティヴには間違いようのない「不思議な間違えかた」が出現する。

異文化の出会った際に発生する、この奇妙な化学変化の場面には、案外未来的な発想の飛躍ひやくが隠されているかもしれない。
百科事典的に「正しく」知ることも大事だけれど、別の文化(言語)によって養われた「発想の自然」からくる愛すべき素朴な「間違い」は、もっと想像力を刺激する。つまり、非ネイティヴ・スピーカーによって紡がれる、突拍子とっぴょうしもない現地語は、足りない情報を想像力で補った「ツギハギな言語」であり、それにしたって本人たちにとっては精一杯自然なものであって、しかしながら驚くべき発想と知恵と、大胆な工夫に富んだ、ネイティヴ・スピーカーなんかにはとうてい真似のできない、曲芸的「ごまかし」に満ちた実にクリエイティヴな芸当なのであります。

◇ ◆ ◇ ◆

フランス語で「トイレ」という単語は、単数形で「La toilette(ラ・トワレ)」という。「La(ラ)」つまり女性名詞である。

フランス語を習い始めた当初、私は「女性名詞」というのは、この世のすべての「女性用」のものを指す言葉であると思っていたね。
「La toilette(ラ・トワレ)」、すなわちこれは「女性用のトワレ」のことであって、男性の私が入って行くべき場所ではない。そしてどこかに「Le toilette(ル・トワレ)」という、男性定冠詞が燦然さんぜんと輝く、私にふさわしいトワレが存在すると考えていた。

結論から言えば、そんなものは存在しない。フランス語において「トワレ」はいつも女性名詞であり、通常は「Les toilettes(レ・トワレット)」、便器が一台しかない場合にも、複数形にて呼ばれるのであります。

◇ ◆ ◇ ◆

日本人の友人と、ヨーロッパでの展覧会に参加しました。打ち上げで酔っ払った彼は、英語にて

「アイ・アム・トイレット!」

そう言い放ち、一路トイレへと向いました。

——すべての粗雑そざつ懸命けんめいさに愛を!

「トイレは地下だよ~」なんて以前に。彼は突然立ち上がり、「私はトイレです」と宣言した訳ですから、後に彼に向かって用を足されても仕方がない。

このとき彼の頭の中では、日本語にて「俺、トイレ!」の文字が、はなやかに明滅めいめつしていたのであります。

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