Log de Voyageグレーチカ

 

 

冬のロシア、サンクトペテルブルグから三〇キロほど離れた小島。滞在しているスタジオに到着した当初、管理人であるM氏が、何だか穀物の入ったパッケージを振りながら言いました。

「ロシアではグレーチカ(Гречиха)が有名なんだ」

「カーシャ(Каша)にして食べるのが一般的でね。最近では自然食料品店なんかでも買えるけど、以前は西ヨーロッパの方じゃ、実のままのものはなかなか手に入らなかったんだ」

「グレーチカ」とはフランス語で言うところの「Le sarrasin(サーラザン)」、つまり「ソバ」なのだそうです。確かにフランスでは蕎麦粉で作る「ガレット」なんかを食べるけれど、「実のまま」を主役にした料理というのは見たことがない。

「カーシャ」というのは『イネ科の雑穀ざっこく豆類まめるいなどを水、ブイヨン、牛乳で柔らかく煮た東欧の代表的な家庭料理である』と云う。意訳では「おかゆ」、つまりロシアでは「ソバ」を「おかゆ」にして食べる。

Гречневая каша - мать наша, хлебец ржаной - кормилец
(ソバのカーシャはわたしたちの母、ライ麦のパンは父親)

字面を眺めるといんを踏んだ言葉遊びのようにも見えるのですが、ともあれそういう表現もあるのだそうで……

「ずいぶんポピュラーな料理なんだね。じゃぁ一度食べてみようかな」

「日本ではグレーチカを食べない?」

「そうだねぇ……実のままで、ってのはあんまり聞かないかな。実をいて粉にしてね、こねて伸ばして細切りの麺にして食べるよ。パスタみたいに。それこそ『そば』って言って、植物の名前と同じなんだ」

そんなことを話しておりました。

さて。

冬も次第に過ぎて、ロシア滞在も指折り数える程になってきたある日、そういえば近所の食料品店に並ぶ「Терияки(テリヤキ)」と書かれた謎のインスタント焼きそばを、監督的見地から一応賞味しておかなければ……なんてことを考えていたところでふと気がついた。

「焼きそば」の「そば」は「ソバ(グレーチカ)」ではないね。

◇ ◆ ◇ ◆

調べてみれば「ソバ」はタデ科ソバ属の一年草で、「蕎麦」はその植物から作られる食品。そして「そば」とは『いわゆる麺類の中で、細切りのものに対する総称』なのだそうです。

じゃぁ「うどん」も細さ次第で「そば」になる?……ふぅむ。日本語だってややこしい。

ところで、調べてみれば私は幾重いくえにも間違っておりました。

日本語では『小麦、蕎麦、米などを製粉せいふんし、水などを加えて混練こんれん してから主に細長い形に加工した食品を麺または麺類と呼ぶ。(・・・)コンニャクや海藻など材料が何であっても、形状により「麺」として扱われる。 麺は当用漢字になかったため、法令では平仮名で「めん」と書かれる』

『中国および中華圏では、「麺(繁体字:麵、簡体字:面)」(ミエン)は小麦粉を指し、日本でいう麺のように小麦粉をこねて細長く加工したものは「麵条(面条)」と呼ぶが、その略称として「麺」と呼ぶこともある。一方で、米の粉をこねて細長く加工したライスヌードルや、澱粉でんぷんを使う春雨などは「粉」(フェン)とよび、区別される』のだそうです。

「スパゲッティ」を想定して私がたとえた「パスタ」は、細長いので日本語での「めん」にあたり、また小麦粉から作られているから中国語の「ミエン」としても通用するが、一方で「蕎麦」としての「そば」は「ソバ」であるから小麦粉を原材料とする「ミエン」ではなく、また「めん」としての「そば」は『いわゆる麺類の中で、細切りのものに対する総称』であるから、小さな穴をあけた容器から押し出す「スパゲッティ」とは、その根本精神からして異なっている。

……はあ、どうも麺類はからまります。

 

Illustration for Log de Voyage

Illustration by Kaori Mitsushima

 

◇ ◆ ◇ ◆

さて、「グレーチカ」の「カーシャ」はなかなかの美味でありました。後日フランスやドイツでもソバの実を購入してきて調理してみたけれど、ロシアのものとは風味が違う。

——ロシアの「テリヤキ焼きそば」?

赤いだけでビートルートの入っていない、「ボルシチ風スープ」なんかを食べたロシア人の心境は、まぁこんなものでありましょうか。

 

※『』内はウィキペディア参照

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