まず驚いているのは、地図がまったく見慣れぬものであるということ。
日本列島が「右端」にあるものや、「上・下」がひっくり返った南半球のものは見たことがあるけれど、改めて考えてみると、球状に広がった大陸や大洋、地球の「模様」を平面の上に描き落としてみたら、当然どこかに歪みが出る。何処に出るのか?ロシアであります。
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Illustration by Kaori Mitsushima |
なかなか馴染みのない「角度」の地図。
スカンジナビア半島なんて妙な方角に伸びているし、カザフスタンやモンゴルというのはとても大きな国に見える。まるで見知らぬ世界の印象。ロール・プレイング・ゲームで手に入れた、新しい冒険の地図のような……
ところがこれは紛れもない現実。ロシアの人々は世界を(少なくとも自国を)こういう風に眺めている。
考えてみれば、普段見慣れている地図だって、決して世界そのものの姿ではない。メルカトルの魔法にかかった私たちは、しばしば「北」を「上」と呼び、「東」を「右」と呼びながら、なんだか判ったような気分にもなっているが、実際の世界は果てしなく広く、様々な方向から眺める度にその姿をまるで変える。
◇ ◆ ◇ ◆
とある冬。私はサンクトペテルブルクから三〇キロほど離れた、フィンランド湾に浮かぶ小さな島のスタジオに滞在しておりました。
外気温マイナス二〇度、フィンランドまで歩けそうな勢いで海は凍り、凍った上に雪まで積もる。バルト海を望む島の西端には、十八世紀の初めにピョートル大帝が築いたという要塞があり、町の中心にはロシア正教巡礼の地として有名な大聖堂、それからバルチック艦隊の軍港がある。
極寒の冬が訪れる町には、「極寒に耐えうる」建物が建つ。大聖堂近くにあるスタジオは、外界から
遮断され、まるで密封された小宇宙のようです。
ヒーターが乾いた空気をカンカンと叩く。外では静かに雪が降る。調べ物をしたり、集中するには最適な環境。三〇分ほどバスに乗れば、大都会サンクトペテルブルクに至り、サンクトペテルブルグには世界四大美術館に数えられるエルミタージュ美術館がある。
スタジオの近所には二四時間営業の食料品店もあり生活は便利。気分転換には、ビーツを茹でてボルシュを作る。ハンサムなクマの絵が描かれたウォッカはベランダに。これは天然の冷凍庫であります。
ちなみにロシア語で「ウォッカ(Vodka)」は「Водка」と綴る。キリル文字。ラテンの文字とはまるで違う。
「Р」と書くと「R」と読み、「Н」と書くと「N」と読む。「N」という文字はキリルにはなく、反対方向を向いた「И」で「I」、「С」と書くと「S」と読み、「Я」が「YA」。だから「ROSSIYA(ロシヤ)」というのは「РОССИЯ」となる。
ややこしい……ややこしいけれど、読めると嬉しい。
そう言った訳で。バスや地下鉄での移動中や、スーパーマーケットでの買い物の間は、もっぱらこのキリルの解読遊びをやる訳ですが……さて。異文化における「衝撃」は、日常の至る所に転がっている。
深夜のスーパー、冷蔵陳列ケース前。瓶詰めの商品に書かれた「ИКРА」が読めた瞬間に、目の前に「!」が飛びました。
「ノクパ」じゃないよ、IKRA、「イクラ」です。
ロシアでも「イクラ」っていうんだぁ!なんて素朴に驚いてしまいましたが、いやいやどうして。「イクラ」はもともとロシア語で、「魚卵」あるいは「小さくて粒々したもの」なのだそうです。
鮭の卵、日本でのいわゆる「イクラ」はロシア語では「赤いイクラ」(Красная икра / クラースナヤ・イクラー)と呼ばれ、チョウザメの卵、いわゆる「キャビア」は「黒いイクラ」(Чёрная икра / チョールナヤ・イクラー)と呼ばれるのだそうです。
◇ ◆ ◇ ◆
極寒のロシア。滞在している島のスタジオから、最寄りの大都市サンクトペテルブルクへ行くには、K-四〇五というマルシュルートカに乗る。マルシュルートカというのは乗り合いのバスで、二〇人の定員が一杯になるまでは出発しない。当然時刻表なんてものはないのですが、島とサンクトペテルブルクを往復する人は案外多く、特に不便はないのです。
バス停には大抵一台が停まっているし、出発までに一〇分以上待たされることはない。島からはK-四〇五とK-四〇七という二種類のマルシュルートカが運行しており、K-四〇七の方もサンクトペテルブルクへ行くらしいのだけれど、どこに放り出されるのか分からないので乗ったことはない。ロシアでは、なかなか英語が通じません。
「K」というのは何かの略なのでしょうか。
滞在している町の名前、「KRONSTADT」(クロンシュタット)の頭文字?ちなみにキリルでは「Р」と書くと「R」と読み、「Н」と書くと「N」と読む。
「В」が「V」だけれど、これはひとまず日本人には馴染みが薄く、「山」に似た「Ш」は「Shap(シャープ)」の「Sh」、日本では「キタ~!」でおなじみの「Д」は「D」。だから「KRONSTADT(クロンシュタット)」という町の名前は「КРОНШТАДТ」となる。はっは!なんとも五歳児みたいな気分です。
さて。そういった訳で、バスや地下鉄の中では、もっぱらこのキリルを解読して遊んでいる訳なのですが、ある日の町からの帰り道、マルシュルートカにて些細な行き違いがありました。
バスの代金は七九Р(ルーブル、「Р」と 綴って「R」なのです)まぁリーズナブルな金額なのですが、この「お得感」を助長する為に仕掛けられる「九」という値段設定は時々厄介です。
一〇〇Р札を出すと二一Р戻ってくる。二〇Р 硬貨はまだしも、小さな一Р。油断をしていると、次第に小銭が重たくなる。八〇Рにしてくれたって好いものを……と思うのは一時滞在者のワガママでしょうか。必然的に小銭を優先して使用する訳でありますが、本日はどうも具合が悪かった。
小銭入れの中に九Рをみつけた私は、一〇〇Р札に九Рを添えて、一〇九Рを差し出し、三〇Рのお釣りをもらおうと考えた。ところが運転手はこれが理解できない。
ロシア人の名誉の為に断っておきますと、通常、彼らはこの種類の計算が早く、他の日のマルシュルートカでも、あるいはどこのグローサリーにおいても、三週間の間、まるで問題は発生しなかった。つまり、この運転手が計算を不得手としているのであります。
運転手は私の顔を見ながら何かを言う。私はバス代が七九Рであるということを知っているから「一〇九Р渡したよね?」確認する以外にどうしようもない。渡し損ねでない限り、こちらに過失はないはずです。「バス代は七九Рでしょ?一〇九Рなかった?」英語は数字でさえ通じない。近くに座っていた女性が何かを話しかけてくれるけれど、彼女も英語ができない様子。困りました。「七」と「九」という数字を指で表現してみるが、考えてみたら七九Рは運転手も承知しているはずだから、意志の 疎通には訳に立たない。
「三〇Рもらえると思うんだけどなぁ……」まったくもって無愛想に、手のひらに私の渡した代金を乗せたまま、運転手は私を見つめている。私はだんだん自分がアホウになったような気分がしてきました。
「まるでこちらの方が悪いみたいじゃないか!まったく何というバカだ!名前を覚えておいて後で苦情の電話でも入れようかしら?それにしたって苦情を言うのもロシア語なんだよなぁ……」運転手のライセンスの文字を目で追いながら、すっかり途方に暮れそうになったその瞬間、電撃のようにキリルの暗号が解けました。
ИВАН!
ノバホじゃないよ、「イワン(IVAN)」です。
頃同じくして、ようやく一〇九Р − 七九Р = 三〇Рという計算式が成り立った「イワンのバカ」は、一〇Р硬貨を二枚、五Рを一枚、二Рを一枚、一Рを二枚、一Р以下の補助通貨である五〇カペイカを二枚、合わせてきっかり三〇Рを、じゃらじゃらと私の手のひらに乗せた。
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