チェコのプラハの空手道場……
「マエゲリ!ハジメ!」
「イチ!——押忍!」
「ニ!——押忍!」
「サン!——押忍!」
「スゥイ!……押忍?」
「ゴ!——押忍!」
「ロック!——押忍!」
「ヒィイチ!……押忍?」
「ニッ!……おす??」
「サン!……おおっす!」
|
◇ ◆ ◇ ◆
チェコ人はクリスマスに鯉を食べる。何故?と聞かれても理由は知らない。
クリスマス支度の十二月。プラハの路上には水を張ったイケスが並び、チェコ人こぞりて鯉を買う。伝統的には、購入された鯉はクリスマスの日まで家庭のバスタブの中に飼われ、身は揚げられ、内蔵はスープに、二十五日の食卓に並ぶ。
クリスマスに鯉を食べる文化のあるチェコだけれど、すべてのチェコ人が魚をさばく能力に長けているという訳ではない。そもそもチェコには海がない。そういった訳で。魚をさばくことができないチェコ人は、路上の鯉屋にその場で切り身を作ってもらう。
ホットワインの香り漂う十二月。水の溢れるイケスの隣で、一匹、また一匹と、まな板の上に鯉があがる。冬のチェコの風物詩。
教会前広場……
~きぃ~よし~♪~
……チェコ人の構える研ぎすまされた包丁が……
~こぉ~の夜~♪~
……今、あちこちで鯉の首を断つ……
~星は~♪~
ダン!ダン!ダン!
~ひぃ~かり~♪~
……メリーゴーランドが無邪気に回る……
~救い~ぃの~♪~
……イルミネーションの明滅に合わせるように……
~御ぃ子は~♪~
……パクパクと口を開くイケスの鯉……
~み母ぁ~の胸に♪~
……ポトリ、ポトリとまな板から血が滴る……
~眠り〜ぃたも~う♪~
……安らかに眠りたまえ……
~夢や~ぁ〜ぁすく~♪~
……ああ、ブラッディ・クリスマス……
※ 伝統的な文化のある風景は美しいものです。本文は、異文化の風習に驚いた、ということをお伝えするのが目的であり、他意はないことをお断りしておきます。
|
◇ ◆ ◇ ◆
「No one can buy Berlin!」
(誰もベルリンを買うことはできない!)
ベルリンにはそんな気概がある。
そんな街でのレジデンス・プログラムに、若いアーティストなんかが集まってしまえば、結局は遊ぶことで忙しい。
目を覚ませば近くに気の合う人々がいて、飲んで騒いでまた眠る。くだらない人生、と言ってしまえばそれまでで、アーティストにはそういう時期も必要なのだ、と言ってしまえばそれもそうだ。つまり、今日はイタリア人たちとワインを飲む。
スペイン人のジョナタンとベアトリスは、カップルで料理をするので微笑ましいが、共有スペースであるキッチンを片付けない、というのはどうかと思う。流し台にもコンロにも、山のように鍋や皿を積み上げて、平気で食後のシエスタなんかする。これってラテンの傾向でしょ?そう言うとイタリア人のベロニカは、一緒にしないで、と言って笑った。曰く「イタリア人はスペイン人みたいに怠け者じゃないわ」
スピーカーを積み上げて大音量で、悪ノリのミラーボールまで回したパーティの終わり、主役であったチッチョが片付けよう、と片手を挙げると、瞬時にイタリア人たちは、イタリア人同士のシックスセンスの連係でもって、素早くキッチンをもぬけの殻にした。
……確かにこいつは怠け者じゃない。大騒ぎのパーティの後でさえ、何事もなかったかのように見せるその手際は、まるで手練れの窃盗団である。
|
◇ ◆ ◇ ◆
ワシントンからアムステルダムへ、アメリカ人の友人が引っ越して来た。ヨーロッパの生活はどう?と尋ねる私に
「ヨーロッパ人は『Yes/No』の主張がはっきりしてる。嫌な時は『嫌だ』っていうし、はっきりし過ぎていて私には強すぎるわ」
ふむ、私にとってはアメリカ人だって、充分主張が強いようにも思われるのだけれど……
「ワシントンではどう?」
「Well, maybe I would say…… 'yeah... sounds good, let's see'……」
(ん~『そうねぇ。。面白そうねぇ。。様子をみさせて』かなぁ……)
声の調子にもよるけれど、はっきりとした回答をしないこの態度は、彼女にとっては「No」なのだそうです。
……「Yeah」なのに?
文化によって「Yes/No」の表現方法が変わるのだとすれば、それは非常に興味深いことです。
そんなことをオーストリア系ドイツ人、チェコ人、フランス人、日本人とアメリカ人が揃った日曜日のランチの席で話していたら、ヨーロッパ人たちの視線がテーブルの上で交差した。やがて暗黙の了解に達したらしい欧州連合を代表して、オーストリア系ドイツ人が後をつなぐ。
「No, I don’t think so. That's because of Netherlands」
(そんなことない。それはオランダだからさ)
ふむ。実にはっきりとした「No」であります。アメリカ人からはウインクが飛んでくる。
|
◇ ◆ ◇ ◆
外国で髪を切るのはちょっとばっかり勇気が必要です。
パリに生活を始めて間もない頃、フランス語恐怖症であった私は長髪にしたり短髪にしたり、試行錯誤を繰り返していた訳でありますが、ある時なんだか思い立って、美容室なんてところに行ってみようという気分になった。
語学学校の友人、ナイジェリアのシルベスタに相談する。
「オススメがあるよ!美容師さんがオドレイ・トトゥに似てるんだ!」
そういった訳で……
ガラス扉を押し開ける。
「Bonjour!(ボンジュール!)」
細身の「スタン・ハンセン」が振り返る。
しまった!来るべきところを間違えた!私の脳裏でシルベスタがウインクする。あんの野郎!オドレイ・トトゥは?私は早くも後悔したね。放心の背後で扉が閉まる。もう遅い、袋のネズミというやつです。
店内にはビートルズの「エイト・デイズ・ア・ウィーク」が軽快に流れている。私はカタログからそっと目を上げ先客を見る。手際よく刈りあがってゆく後頭部は、栗毛の髪だから許される。あれがアジア人の頭の上に乗っかれば、黒髪の硬く勇ましい「鉄砲玉」になりゃぁしないか?私は恐怖を覚えてカタログに戻る。
指差せば好いのか?「こんな風に」と?ブロンドの髪をなびかせて、蒼い瞳で腹筋なんか見せながら、地中海辺りの岩場で微笑む、ヘア・カタログの若い西洋人を指差して?「こんな風にして下さい」と?なかなか洒落た冗談だ。こんな風にならないよ、私は。
「さてどうぞ」
洗髪台に倒されて、シャンプーで髪を洗われる。耳の中には盛大に水が。石鹸(シャボン)の混じった水が私に耳に?君!考えられないぞ!なんて……私は何も言えやしない。そんなものです。所詮、西洋人の「サーヴィス」になんか慣れてやしない。相手が細身のスタン・ハンセンならば尚更です。
「エフィレ、アンププリュス、スィルヴプレ(もう少し梳いてください)」
カタカナフランス語を繰り返す。パーマを巻いた子連れのマダムが、こちらに聞き耳を立てている。膝に挟まったお坊ちゃまは、私を見ることを止めやしない。私の身振りが愉快らしい。まったく、とんだところに来たもんだ。
耳の上が短くなり、襟足も整い軽くなる。天辺から前髪にかけては、特になんだか斜めに流れた。左右のボリュームが多い気がしたので、「もう少し多めに……」と、自分でもどっちか判らない謎の注文をしたら、なんだか色々と忠告をされて、それから剃刀みたいな道具が出てきた。
さて、ジャコジャコと音のするこいつが好かったね!重たかった髪が適度に梳かれて軽くなる。バサバサと掻けば髪がふんわりそのまま立つ。悪くないんじゃ?
料金を払い外へ出る。整髪料をしこたま塗られたので、ヘルメットみたいなハンサムな形に固まってしまったが、洗髪直後の感覚は覚えている。これならきっと悪くない、私は少し誇らしげな気分になったのであります。
|
Illustrations by Kaori Mitsushima |
——————————
【Log de Voyage】 は毎月一日更新です。次回をお楽しみに!
text and illustrations © 2016 Log de Voyage