韓国のバスはブレーキが荒い。吊り革につかまっていると赤信号の度にブワンブワンと振り回される。「君!ブレーキは余裕を持って踏みたまえ!」私は腹が立つのであります。
そうしておいて日本でバスに乗ってみると、たいして揺れないにも関わらず、「揺れますのでぇ、ご注意下さいぃ」なんて、コブシの効いた渋いアナウンスが流れてきて、今度は繊細すぎるサーヴィスに、なんだか情けないような複雑な気分になるのであります。私の「バスの快適」は、日本と韓国の間のどこかにあるのでしょうか。
物事の判断基準というのは、国によって異なっている。何を「快」とするか「不快」とするか、大雑把な括り方をするならば、それらは国によってまるで違う。私は「正・誤」を断ずるモラルというものが嫌いだけれど、「美・醜」を判断するマナーというものは大切なものだと考えているね。そしてどうやらそれは、環境によって簡単に変わってしまうものでもあります。
乾杯!とグラスを合わせることは相当に広く行き渡った文化だけれど、例えば、韓国で目上の人と乾杯をする際には
一、グラスの位置を少し下げて
二、視線を軽く斜めに落として
三、その人との関係性を考慮して、手首、肘、腕の付け根か胸の辺りに
四、グラスを持たない方の手を軽く添えて
五、コンベ!
杯を打ち合わせる。
この礼儀は韓国においては美しく、尊敬の念を表す仕草なのだけれど、これがフランスであれば話が変わる。乾杯の際に眼と眼をしっかりと合わせないと、『七年間ろくなセックスができない』のであります。
そうしてみると世の中には、様相は似ていても、意味するところが異なっているということが、案外多いのかもしれません。
フランスの食卓で交わされる「Bon appétit!(ボナペティ)」というのが「いただきます」ではない、ということは比較的よく知られたことですが、これを直訳して考えてみると「Bon(よい)/ Appétit!(食欲を!)」、食欲への励ましであるということが判る。
フランスでのディナーの席で、私が「いただきます」なんて、調理された命に感謝の意を表明している間、フランス人たちは、互いの食卓での活躍を応援し合っているという訳です。
「À votre sante!(ア・ヴォートル・ソンテ! / あなた方の健康に!)」というのも同じ調子で、やっぱりこれも「さぁ、飲みますよぉ!」の合図ではない。日本人の私はアペリティフにさえ、ひとり口をつけることに躊躇したりもするのですが、しかし考えてみるとそんなに頻繁にグラスをぶつけて、毎度「七年のセックス」を占われてはたまらない。
フランスで視線を合わせて杯を鳴らすというのは、今後の好い関係の約束であります。正しく執り行うことによって、従順と尊敬の意思表示を行うものではなく、当然「せぇの!」で行われる集団意識の確認作業でもない。そこでの失敗はせいぜい「個々」の関係性を変化させるようなものではあっても、「和」を乱すかどうかなんていう問題ではなく、ましてや「空気」の問題でもない。あくまでも「個」を尊重し、相手を信頼したコミュニケーションへの祝杯なのであります。
◇ ◆ ◇ ◆
チェコのプラハでフランス人たちのディナーに招待されました。
ホストカップルは友人の友人の友人の友人で、つまり誰だかよく知らない。彼らは私よりもずいぶん年上で、新しく産まれた赤ん坊と一緒に暮らしている。
フランス人は基本的に大人の生活と子供の生活にしっかりと区別をつけるから、日本で時々起こるように、子供の騒ぎがディナーの中心になるということはない。そう、まずは滅多に起こらないのだけれど……
テーブルの隣に寝かされた赤ん坊は、泣き、泣き、泣き、泣く。
さて。どうにも性格の悪いところが出てしまいますが、私は子供のいる食卓に呼ばれることが苦手であります。知っていたなら来なかったのに……
赤ん坊は相変わらず、泣き、泣き、泣き、泣く。
ふむ。
赤ん坊が泣くことは仕方がない。彼らは泣くために生きているようなものです。実際、伝えたいことが伝わらない時には、大人だって泣きたくもなる。ディナーの席でのフランス語のもどかしさなんていったらもう……って、いや、それにしたって!
両親のグチというのがどうにもいけない。彼らはいかに「この子がよく泣く」のかを、さっきから延々と説明している。ふむ、説明されなくったって私には判るね。付き合いは短いが、知り合ってからずっと彼は泣き続けているからね。
一体、明白なものを説明するということには、どれくらいの意義があるのだろう。そういえばフランス人というのは、大きなものを見て「大きい!」と表現し、奇麗なものを見て「奇麗!」と賞賛する人たちであったね。
どんなに揺れても「揺れます」なんて言わないバス。たいして揺れないのに「揺れます」なんて言っちゃうバス。泣いてる赤子を指差して、「見て、赤ん坊が泣いてるよ」というのは、素朴に過ぎて逆にシュールですが、世の中には「判りきっていることはあえて言わない」という美学もあるね。
それにしても!
実際に本物を聞きながら受講する、これは「赤子の泣き方説明会」? How to enjoy the cries of baby? 「ははぁ、実にいろいろな泣き方があるもんですなぁ……」って、これもひとつの大人のたしなみ?ってか、グチを言う前にあやさないの?これはあれ?地産地消?ワイン農家でワイン・テイスティングをするようなもの?それとも、そもそもこれが今夜の目的?ディナーは不平の捌け口の会?この上等な牛肉が、長くツマラナイ話に付き合う報酬?
ヒューモアのない不平はただのエゴです。
面倒臭く、大して面白くもないサーカスティックな冗談が、私の生命力を吸い取ってゆく。それにしたって。こんなにクダをまくかね?初対面のディナーの席で?
「心配しなくても後十五年もすれば、今度は立派にグレた彼のおかげで、あなた方が毎晩泣くことができますよ」
試しにニコリとそう言ってみた。
——沈黙。
あれ?間違えたかな?
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Illustration by Kaori Mitsushima |
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